お金について

 

お金については、大金持ちの方に任せたらいいと思っていて、
私ごときがアドバイスをすることはないだろうと
思っていましたが、

が、
セミナーを初めて20年たちますが、
健康相談の次に多いのがお金の相談でした。

中には、多重債務で苦しむ方もいて、
返済の相談も 何度も受けました。

こういうのは弁護士さんの所にいったらいいのでは
とも伝えましたが、
「弁護士さんの所に相談をするとさらに、
そのお金をローンを組む羽目になるし、
それで自己破産を勧められたりして、
親とか会社にばれると困るし、親戚が役所にいるから、
一生いわれてしまうから、そういうこともできないので
なんとか、今ちょっとだけでもアドバイスください。

セミナー後の懇親会で そういう話になり
そのままアドバイスをして、お金の瞑想をしたりしました。
(お金の不安をとる瞑想、お勧めです。)

(電話やメールでは答えられません。その方のオーラを見ながらなのであくまでセミナー後の懇親会のみ対応しています。
わたしはお金の専門家ではありませんので)

コーチング中にも借金の相談も受けたことも多数ありました。

おだてられて、駅前にサロンを持ちその支払いで
家賃が20万以上あり、銀行の返済、アルバイト代など
経費を引くと毎月数万にしかならない、
30代で借金は1000万を超えていた、といったMさんをはじめ
(お金に対する不安をとったら、楽に返済できた)

「主人がこんなに借金をしてしまっていて、
そっちもコーチングしてください、
私のいうことをちっとも聞いてくれてなくて、
サラリーマンなのに7百万も借金があるのです。
結婚してわかって、どうしたらいいですか?

ちあ「あなたじゃだめだからご主人と二人できなさい」
となったこともありました。
あるかたと話して、コーチングをお願いします。
実は数百万もお金をかりてしまって、
自己破産はしたくありません。
(自己破産をしてしまうと数年は大変でその後は大丈夫
だと思っている人もいるようですが、実はもっとずっと
大変なんだそうです。特に田舎は、一生付きまとうことが
あるそうです。)

今後もありますし、と内訳を話してくださいました。

これって年収を超えているのでは?
「最初は50万借りたんですが、それが膨れに膨れて、
800万になってしまって、」

 50万が800万になるということは、私には考えられないのですが、何がどうして、何年かけて増えたのか、

はききませんでしたが、色々と数社から借りていたようでした。

ちあ「ご両親はどうなの?援助してくれないの、
一時的に借りるとかは?」

X「僕の親は無理です。お金ないです。
自己破産はしたくありません。」

ちあ「じゃあ瞑想をして頼んでみましょう。」

(瞑想指導l- 数回行ううちに、
親が何とかしてくれそうな気がしました。
祖父の年金があって、これを借りられそうです。と閃いたそうです
瞑想凄いです。

今から、親に頼みに行きます。相当怒られたそうですが、
瞑想の通り 祖父に半分を肩代わりしてもらい、
奥様も働きに出て、アルバイト、家賃のかからない奥様の実家に
一時避難して、1年で返済、
返済後にまた新しい家に移り住んで楽しい生活を送られています。

 

こんな方もいました。実はSNSで いい投資があるといわれて、

SNSの儲け話は、危険なんだそうです。消費者センターの方によると20代の若者と老人が、だまされるんだそうです。

特に狙われるのは、正社員とかですよ。お金借りられるから、と教えてくれました。
高齢者は電話でのおれおれ詐欺、若者はSNSなんだそうです。

たぶん瞑想での広い視野から
アドバイスができるのかもしれません。

 

わたしは、お金持になったことはありません。(中流かなぁ)
でもお金に困ったことは幸い一度もないのです。

父から お金のことは 色々と聞いていたし、
皆の家庭もそうじゃないのかと聞くと
親とそんな話はしたことがないと
いう方も多くいました。 

それは、小さい頃、私が好奇心が強くて、
自営業だった父親の姿を見ていたからでした。

小さいころから、現金を 見ていたのです。
お金の不思議も 体験しました。

私が生まれた時に、父はキャッシュで家を買い、
全て現金支払いでした。私にもローンは組むなと教えてくれたので
わたしもローンを組まずに、家を購入しました。
金利がもったいなかったので、)

昔はローンというものがすくなかったのかもしれません。
カラーテレビや電話もまわりの家になかった頃、
わたしの家にはありました。電子レンジができたばかりのころに
家にあって、(当時はエレックさんと呼んでいった)
アメリカの母の姉が日本に来た時に、これは何?と
びっくしていました。

電気屋さんが(今のように安売りの家電屋さんがない時代)
勝手に新製品をおいていっていました。

隣の家は、わたしと一つ上のお兄ちゃんと、
少し下の妹がいて仲良くしていました。

当時、母親同士も仲良かったので、お互いの家を行き来していました。お誕生日会は、近所の子供たちが集まって隣の家の二人も一緒でした。そこのお父さんが親切で、

「今から釣りに行くけど、ちあきちゃん達も一緒に来る?
車乗せてあげるからおいで」
と、一緒に遊んでくれました。
こんなやさしいお父さんいいなぁ、うちの父親は忙しくて、
あまり遊びに連れて行ってくれなったので、
当時隣の家のお父さんがうらやましかったのです、が

それが、私が小学校にあがった年ぐらいのときだったか、
私が6歳か7歳位だったかは覚えていないのですが、突然隣の人が

消えてしまいました。夜逃げだった。

当時は私も子供だったので「夜逃げってなぁに?」

父「お金が払えなくなって、逃げちゃった人のことを言うんだよ。」
母「00ちゃん小学校はどうなるんだろう? 」
父「さぁね、行けなくなっちゃうだろうね。 どこか遠くの学校にいくかもしれないけど、学校にいったら
いどころばれちゃうから、00さん大変だね。」

ちあ「だって、00さんのお父さん、あちこち連れて行ってくれたし、
お金持ってたよ」

親「お金っていうのはね。外からは持ってるか持っていないかは分からないんだよ。
ありそうでないのがお金っていうしね、
なさそうであるのもお金なんだよ、
お金は魔物だよ、だから上手につき合わないといけないんだよ、だから無理して買わない、
欲しいものがあったらちゃんとためてから買う。
無理して買わないこと、貯金して、待つのも楽しんだよ。
そうだ、貯金通帳を作ったらいいよ。お年玉をためときなさい」

そう父が教えてくれました。小学校の低学年の頃でした。
そんな経験をしたからか、小さいころから お金に興味がありました。

小学校の低学年で 100万円の束を見ていて、さわっていました。

わたしのバックグラウンドをちょっとだけ お伝えしますと、
自営業で、当時は月末に現金で従業員さんに給料を
支払います。
月末は、大きなおさらに、ごちそうが並び、従業員さんをねぎらい
食事とお酒がいっぱいならべてありました。
幼稚園の頃、小さいながらに、その日が特別な日であることを知っていました。
昭和ですね(笑い)

お昼ぐらいから、母が従業員さんの支払いのお金を数えて、
名前が書かれた封筒に入れていました。
その作業を手伝う といって、
わたしも1万円札を 数えていたので、
幼稚園のころから100万円でお金には束が付くことをみていました。

おもちゃの紙幣がはやった時に

「私も欲しい、かって~」というと
母は「そんなおもちゃなんていらないわよ。本物を触りなさい」
といって触らせてくれました。
従業員さんの給料を数えるのは、本物を触るということでしたね

子供ながらに、100万円の束は、相当嬉しかったのを覚えています。

(いい子を育てるコツは、小さいうちから美術館や博物館、
本物を見せることが鉄則だと後で知りましたが
自然に母がそういうことをしてたのですね)

100万の束をわたしもさわってみたい。
といって触らせてもらうと、テンションが上がります。

よく、子供のお金なんて触らせたらろくな子にならない、
という方もいますが、
うちでは普通に、毎月 札束を触っていました。
ある時、小学校の低学年だったと思いますが
お札の束を母がきっている所を見ながら、

ちあ「すごーい。これが100万円ね。
これだけあったら一生暮らせるね」

母「あら、たったこれだけでいいの。だったらあげるわよ。
これで一生なら安いもんだわ。持っていきなさい。」

この時は、ビビって受け取らなかったのですが、
(今思えばもらっとけばよかったかもです)

7才とか、8歳の子供にそんなことを言う母親も母親ですが

この時に私は「100万って少ないんだ。一生って
もっともっと沢山お金が必要なんだ」
と強く思ったのでした。

この体験は とっても衝撃でした。

そして、「100万円は少ない」そう 心の奥に刻まれたのでした。 この信念が良かったのではないかと思います。

幼稚園ぐらいだったか、お札の中から小人が出てきて
お金の神様だったのか?会話した記憶があるのです。
感謝して使うと増えるんだよ。お金は便利な道具なんだよ、
その神様が教えてくれました。
今考えると、とっても不思議なのですが
きっと子供だったから、感性が豊かだったのかも

しれませんね。

ということで、アドバイスをさせていただくことが多くなり

それを少し文章にしてみました。(続き)
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